BLOG

「引き寄せの法則」を勉強されている方はたくさんいらっしゃいますが、その恩恵にあずかっている人は意外と少ないようで、私のワークでも願いをかなえるコツの質問をよく受けます。

もし運命が定まっているのなら、大きく運命がそれてしまう願いごとはかなわないはずであり、運命が定まっていないなら、どんな願いごとでもかなうはずです。

運命については、実際のところどうなっているかと申しますと、近々ついに未来が確定するからくりについて触れようと思っておりますが、今回はからくりではなく、そもそも運命とは何かというところだけ触れます。

運命とは、江原啓之さんの言葉であれば「宿命」、バシャールの言葉であれば「ブループリント」と呼ばれるものですが、私の前世療法の経験からいえますのは、やはり「カルマ(業)」です。

このカルマの法則は、前世療法のプロの方であっても、理解しているとは限らないものであり、前世療法の方々の言い分としては「セラピー効果を目的としているため」と説明されます。

このカルマの法則に従い、人は運命が定まり、「引き寄せの法則」であってもかなう願いごとと、かなわない願いごとがあるといえます。

例えば、私が今から「美空ひばりさんくらいの大物歌手になりたい」と思っても、かなりの音痴ですので、絶対に不可能です。

「じゃあ、なんでも願いごとがかなうわけじゃないんだ。だったら、引き寄せの法則の意味がないね」と思われるかもしれませんが、そう結論を出すのは早計です。

実は、私がもし「大物歌手になりたい」という願望をもった場合に、「なぜ大物歌手になりたいのか」を問題にしないといけません。「充実していそうでうらやましくて」とか「モテたくて」とか「目立ちたくて」とかならば、大物歌手にならなくても、自分の得意分野で実現可能なはずです

「大物歌手になれたら、自分は満たされる」あるいは「大物歌手にならないと、自分は満たされない」と思いこんでしまったための勘ちがいということです。

これを、バシャールは「にせワクワク」と呼びます。江原啓之さんにいわせれば、「変えられる運命ではなく、変えられない宿命だから、それを受け入れないといけない」ということになります。

私の場合は「カルマによる執着」と考えます。なれるにしても、なれないにしても、「執着があるから苦しむ」と考え、カルマにならない考え方を本人に説明し受け入れていただくと、執着が消え、「大物歌手になる」ことにどんな意味があるのかを冷静に考えられるようになります。

苦しまずに大物歌手になれる人は、なって大業を残せることでしょう。苦しんで大物歌手になれない人は、大物歌手が本来の道ではなく、別の方向に自分を生かす道があるということです。

執着が離れたところに、本当の自分を生かす道、自分らしい生き方、本当の自分の幸せを見つけるヒントがあります

本当に自分が望んでいる夢や幸せを願うことが、「引き寄せることができる願いごと」なのです

成功者がいう「あきらめなかったら願いはかなう」というのは、「その人にとっての本当の幸せを望んだ」からです。「どんなことでも、あきらめなかったら必ずかなう」ということではありません。

「引き寄せの法則」がうまくいかない人は、その願いごとがまちがった執着か、それとも自分が本当に望んでいる幸せであったか、よく振り返ってみてください。その願いごとがかなえば得られる喜びは、別の方法で得られるものではありませんか

もしそうなら、別の方法を願ったほうが早くかなうはずです。

自分探しとはこういうことをいうのです。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly
コメントは利用できません。