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私の霊的知識は、霊的体験と仕事の実績から得られたもので、今までにも何度かセミナーやワークショップを開いておりますが、私の霊的知識のすべてを語ったことはなく、セミナーやワークショップに何度か参加されている方々は少しずつ理解が深まっているとはいえ、やはりこの宇宙の真理を語ったり、推測したりすると、誤りがあったり、惜しいところでまちがっていたりします。私自身、考察したことがない分野はすぐには結論が出せず、恵さまのメッセージで気づかされたり、学ばされたりして、日々勉強であることを痛感しております。

水子の不思議なところとしては、彼らは生まれる前の(中間世の)感情と胎児としての感情を合わせ持ち、悲しむ両親を赤ちゃんの目線でメッセージを伝えながらも、大人の理解力で励ますことがとても多いです。

今回は霊感による水子からのメッセージではなく、大阪ワークの懇親会でまさに生きている大人の女性が水子であった記憶を思い出したのですから、それがどういうものなのかのヒントや新しい発見があるかも知れません。もし、本人の創作なら、推測できる知識しか語られずヒントも発見もないはずです。

恐る恐る私から質問させていただくと、ご本人にとっても衝撃と思われるさまざまな感情と感覚が語られました。

その内容は、胎児であった自分は、母体の感情がそのまま入ってきたとのことです。母体の抱える複雑な葛藤のほか、母体が見ている視界が見え、詳しい事情まで理解していたと。

果たして胎児がそこまで理解できるのかについて考えますと、前世の記憶をテーマにした本ではよく、幼児に生まれる前のことを聞くと答えることがあるという話が書かれています。前世のことや、胎内の記憶など、人によっては詳細に語られる事実が報告されているようです。

すでに生まれてから早いスピードで記憶が失われていくのかも知れません。生まれた瞬間に忘れるとか、胎児のうちに忘れていくこともあるのかも知れません。

記憶を持ったまま生まれる子供がいるということは、胎児であるうちは前世の記憶だけでなく、前世の性格を多く残している可能性もあるでしょう。

ということは、胎児には前世の性格が引き継がれ、母体の状況を理解している可能性があると言えそうです。

少なくともちー坊 さんはそういった知識を持っていない普通の主婦です。例えば本人が小説などを書くとして、そのような体験をテーマにしたら面白い小説が書けると考えた場合、胎児が母体の感情だけでなく母体が目で見た風景までも胎児が見ているというアイディアは素晴らしいものであり、口外できないほどのレベルのものです。それをインスピレーションとはいえ、小説でアイディアになるほどのものを簡単には語れるものではないと私は考えます。もし、自己顕示欲にかられて話を創作したとしたら、これほどのレベルにはなりえないのです。
ちー坊 さんは以前から、そういった自己顕示欲をまったく示さない人柄であることも私は知っていました。お客様同士のチャットでの交流で、少し霊感がある方が自己顕示欲をあらわにしてトラブルを起こすことが多いのですが、その渦中にあってもちー坊 さんは自分の意見を押し通すことはない方でした。

そんなちー坊 さんが「私もその前世に関わっているのではないか」と打ち明けるのは勇気がいるものでした。

これを逆に考えると、勇気を出さないと言えない女性が、大勢の前で勇気を出して打ち明け話をすること自体が、必要があって起きたと私はとれるのです。

そして、水子である胎児側の心理が語られました。

(続く)

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