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 2012年7月27日付けの記事「コミュニケーションでいつも誤解されたくない方へ(思考型編)」の続編です。

今回は、「思考型編に当てはまらない感情型の方」用に、思考型編の一部を書き換え、感情型の場合のトラブルとその回避方法について書いてみます。

感情型は思考型の真逆の性格です。そのため、思考型の字義言語は使わず、Aタイプの行動言語で意思の疎通を図りますが、空気が読めるはずの行動言語で、感情型はさまざまなトラブルを起こします。なぜ空気が読めているはずなのに、トラブルが起きてしまうのかを、思考型編を書き換えるだけで説明が可能です。

感情型はいわば、行動言語に頼り過ぎるために起きる弊害に気づいていないからと言えます。真実を尊重する字義言語とはちがい、行動言語は事実よりも気持ちを尊重しますが、感情型は感情が激しいあまり、行動言語によってすべてを考え、すべてを表現します。真実がどうであろうと、うれしいかうれしくないかですべての価値が決まってしまうのです。これは共感し合っているときにはよいのですが、そのときは気持ちが盛り上がって、相手のことが大好きになっても、ひとりになって冷静に考えると、意外とどうでもよかったという事態を、本人のコントロールできないところで発生させてしまいます。次に会ったときには態度がちがったり、また共感し合って親友のように振る舞い、別れて帰るとまたどうでもいいような気持ちになってしまうといった、信頼関係ができているようでできていない表面的な関係を安易に生み出し、継続的に築かれていく信頼関係になかなか発展しません。

多数派Aタイプが使う行動言語を操りながら、心はDタイプのようにコミュニケーションの目的や意義を理解できず、ただ反射的に表面的な信頼関係を演じ、深く信頼できる人ではなかったと思ったり思われたりした辺りから、縁が切れては新しい縁を作るという繰り返しをするのですが、常に自分は気を使っているつもりですので、相手が悪いと迷いなく思いこんでしまいます。相手の気持ちを何ひとつ理解していなかったという現実に気づいておらず、気を使っている自分だけが裏切られているかのように思ってひとり孤独に苦しみ、なぜ自分はいつまでも幸せになれないのか、なぜいつもだまされるのかと、心に小さな傷を無数に作ります。多数派Aタイプが使う行動言語を使いこなせているために、内面は実はDタイプである自分に問題意識がなく、反省する機会を逃してしまうのです。表面的な意思の疎通に安住せず、より深い信頼関係にチャレンジするためには、自分の思いこみに気づかないといけません。

その知恵、技術を列記いたします。

1.Dタイプが信頼関係を築くために必要な基本姿勢

「わかってもらってどうにかしてもらおう」は甘えである。自分を表現して助け合う、サポートし合う対等の関係が信頼である。

これは、Dタイプの悪い癖を直ちにやめていただくために、まず基本姿勢として最低限守っていただくルールといたしました。
Dタイプは空気が読めないために、自分の感情を伝えて、あとは周りの人の配慮に頼り、任せ切ってしまうという悪い癖をもつ人がとても多いです。
そこに上下関係があれば、Dタイプはなお一層の配慮を妻や部下、目下の人間に求めます。偉くなれば当然の権利であるとさえ思いこんでいます。モラルハラスメントの大半はこのせいであると言えるでしょう。
これは「自分ができないことは、自分の得意なことで代わりに貢献すれば、できないことを他の誰かにしてもらう権利を、自分はもてる」という思い込みによるものです。
これを助け合いだとさえ思いこんでいます。
Dタイプの方々、なぜ問題かわかりますか。
自分で勝手に「相手に貢献している」あるいは「相手に喜ばれることをしている」と決めてかかり、「自分はその分、相手から配慮してもらっていい」と自分で勝手に決めつけて、相手に要求することが問題なのです。助け合いとはそういうものではありません。
相手が助けを求めてきたものや、相手が困っていることについて、自分が力になれた場合に初めて「相手に貢献できた」となるものです。さらには「相手から配慮してもらっていい」と自分が決めることではなく、人にしてもらうことは「相手に自分からお願いすること」には変わりがなく、自分が過去に貢献することで「相手がお願いを聞いてもらう確率が上がる」というだけのことなのです。

「なぜ自分はあれほどがんばったのに、誰も気を使ってくれないんだ……」と悩む前に、人にしてもらうことは「お願いして、快諾してくれたとき」に限定されることを忘れてはなりません。

2.行動言語で誤解しないための五ヶ条

(1) 人の気持ちを尊重する。
Aタイプの方々にとっては、至極当たり前のことですが、Dタイプにとっては、今までAタイプに理解され、親切に扱われてきたと思いこんでいるため、Aタイプの要望に応えているうちに、Dタイプは自分の感情を強く表現する癖がついてしまっています。そのため「用件の内容や真実よりも気持ちのほうが大切で、AタイプはDタイプにそれを望んでいる」とさえ誤解しています。
表面的にはそれでとてもうまくいきます。Dタイプの気持ちがAタイプにはそれだけ強いものに見えたので、Dタイプがそれほど気持ちをこめていて本気で考えてくれているとか、それほど相手ことを好きでいてくれているなどと誤解してしまい、Dタイプに対し本気の信頼や友情をもってしまうのです。ところが、Dタイプの本当の気持ちがわかると、Aタイプからの信頼は怒りに変わり、大嘘つきだと言われたり、絶縁されたりするといった事態に陥ります。Dタイプは自分の安易な発言が相手を裏切ることになるということに自覚がないためのトラブルです。
Aタイプは気持ちが通じ合えば、信頼関係を築けると判断し、非常に前向きに、親切に接してくれます。Dタイプはこれで安心してしまうのです。
表面的な信頼関係で気が緩み、自分が発言した言葉の意味を考えず安易に相手を喜ばせることを重要視して話を盛り上げてしまい、無責任な発言をしたためにあとで「話がちがう」と思われたりしたら、その表面的な信頼関係は簡単に崩れてしまうばかりか、信用すらされなくなってしまいます。
相手の気持ちに応えるとは、その場限りのもので済ませず、責任が取れなくなることは一切発言しない努力が必要です。そのためには、言葉の字義を軽く考えない字義言語のマスターが求められます。

(2) 気持ちがどうであれ、何があったか、どうしたのかがないと、意味がわからないと言われる。
Dタイプは基本姿勢の誤解から、感情の表現に終始して、自分はどう振る舞っていたかの事実がスッポリ抜けていることが多いです。たとえば、「自分は上司にひどいことを言われた」と友人に向かって感情をこめて伝えただけで、上司が言ったことの問題点をわかってもらえて、励ましてもらえると思いこんでいます。そのため、Aタイプは、ひどいことを言われたという強い感情表現だけで、上司にそれ相当の問題点があると思いこんでしまいます。その強い感情表現がオーバーなものとは知らずに同情してしまい、かわいそうに思えてしまってとてもやさしく励ましたり、いっしょになって憤慨したりします。それほどの事実がなかったとしても気づかれません。
Aタイプの行動言語は事実よりも、気持ちだけを表現してもコミュニケーションが図れるからです。上司にひどいことを言われた原因がDタイプのほうにあっても、Aタイプに共感してもらい、味方になってもらえることで、Dタイプは安心してしまうのです。
ところがあとになってAタイプが原因の事実を知ると、実はDタイプが悪かったのだとわかり「Dタイプはそれを隠していた」あるいは「Dタイプはうまいことを言って自分を正当化した」とあきれたり、だまそうとしたとして憤慨します。度が過ぎた事実のねじ曲げは、相手のやさしさをときに裏切るものであることに気づかないといけません。

(3) 態度や言葉づかいだけで意思表示とされてしまうので、誤解される態度や言葉づかいをやめる。
Dタイプは気持ちこそすべてだと思っていますので、事実や自分の振る舞いに無頓着です。感情でのみ意思表示をしていますので、自分が強い感情で「うれしい」と伝えて、相手が喜んでくれれば、もう信頼を勝ち得た、あるいは信頼関係を確立できたと思いこみ、相手の前以外ではちがうことを言っても、自分は信頼されると思っています。
しかし、Aタイプはその場限りの意思表示をする訳ではありませんから、Dタイプの意思表示がコロコロ変わったり、相手によって変わるようですと、どれが本心か探るようになります。ときには追求し、慌てるDタイプを見て「何かを隠している」と誤解し、信用できない人だと断定してしまうことすらあるのです。このようなトラブルは実は頻繁に起き、Dタイプは新しい人間関係を築いては、また離れていくといった繰り返しをします。そのために周りには意外と親しい友人が少ないのです。
この誤解は次のような点でも大きな問題を起こします。
Dタイプは感情表現を大切にしているので、「自分は気持ちをこめている」と思っています。気持ちをこめているのに、そして共感し合い、わかり合って、信頼できる関係だと思っていたのに、突然悪く言われてしまう事態に「自分は裏切られた」という怒りさえ持ってしまうのです。
「気持ちをこめている」ことと「共感し合った」「意気投合した」という関係に、Dタイプは安心し、それを求めているのです。そのために努力していますし、それが愛だとさえ思っています。この愛だと思っていた感情を突然、相手に踏みにじられるのですから、そのショックは大きいものとなり、ますます強い感情で相手を悪く言うようになるのです。そのとき、その自分の強い感情を誰かわかってくれる人に、共感を求めて打ち明けます。感情が強ければ強いほど、会う人、会う人、打ち明けてしまいますので、これが「悪い噂を広めている」ことになってしまい、さらには同情してくれる人を探すために「いつの間にか味方を増やしている」ことにもつながり、やがて「裏切った」と思われている相手は窮地に立たされます。これがいじめの正体です。しかし、どんなに味方を増やしても、事の真相が明るみになれば、本当の意味での信頼を失うのはDタイプのほうです。

(4) 断られたものを何度も確認してはいけない。どうしてかを何度も問いかけたり、同意をしつこく求めるのは、相手に不快感を与えるので厳禁。逆ギレもNG。自分ができないことを、できると言い張らない。
これは相手の意思や気持ちを尊重するためには、自分の感情で相手にしつこくしてしまったり、自分もできていないことで相手を責めたりすることはしてはいけないことだと、Dタイプは知らなければなりません。
相手がしたくないものは、どのような理由があろうと、相手がしたくないことであり、自分が納得できるまで相手を説得することは失礼なことであると、Dタイプは知らないのです。逆のパターンも同じです。自分ができないことは、どんなに相手と仲良しでいたくてもシッカリ断るということも大切であると知らなければなりません。
Dタイプの大きな思いちがいとして、気持ちをすべての人が大切にするべきであり、自分も大切しているから、引き受けたときにはそうしたい気持ちが確かにあったと考え、自分ができずに約束を守れなくても、気持ちを相手は喜んでくれるだろうというものがあります。これはAタイプからみて真逆の価値観です。Aタイプの場合、約束を守ってくれることが誠意であって、自分ができないことを簡単に引き受けてしまうことは、絶対にしてはいけないというマナーがあります。「あなたがやるって言ったから!」という言葉にDタイプは「そんなこと言ったって、できなかったんだからしょうがないじゃない。私が悪いって言うの?」はドラマなどでもよく見かける言動ですね。
これらのすべては「相手の意思や気持ちを尊重する」という原則を守るためのルールであり、マナーです。

(5) 交際の深度というものがあり、入りこみ過ぎないよう気をつける。
Dタイプは空気が読めないため、気持ちを通じ合って、共感し合うことが信頼関係だと思いこんでいます。
しかし、実際の信頼関係というものは、約束を守り合う努力がある中で、気持ちが本物だとか、信用できる人だと認められ、信頼関係が築かれるものです。積み重ねてきた努力がないのに、気持ちだけでは信頼関係は強くならず、些細なことでもろく崩れてしまうのです。
Dタイプは気持ちを通じ合い、共感し合うことこそ信頼関係だと勘ちがいしているのです。気持ちを理解してくれず、悪く言ってくる人は、自分のせいではなくその人が悪い人だからだと誤解してしまうのです。
約束を守り合う関係というのは、それだけ気配りをし合う関係ということですので、まずは気持ちが通じ合える人だというAタイプの考える信頼関係を築き、それから約束やマナーを守ってくれる人かどうかようすを見て、より親しい友人となっていくものです。一時的に共感し合ったり、意気投合した関係でも、そこに真実がなければ表面的な関係でしかないのです。自分の気持ちが沈むような事実は無理に話す必要はございませんが、それを伏せることによって自分が過大評価されてしまう場合には、気持ちの問題で安易に伏せていただけであっても、あとで伏せていたことが相手に知られますと、「意図的に隠した」と誤解され、たちまち信用を失います。言いづらいことまで言い合えるようになれば、本当の意味での親しい友人と言えることでしょう。
ですから、Dタイプは「あなたの気持ちがわかる~!」と共感し合えば友人になれるんだという誤解はやめ、共感し合っても、親しくなっていけるか、信頼関係が築けるか、自分はずっと見られていることを知らなければなりません。現状の関係がどの程度かを踏まえて、その節度に合った振る舞いができれば、「事情をわかってくれる人」「マナーがある人」と思われて、信頼されるようになり、信頼関係が築かれるのです。「わかり合えたから」といって強要し踏み込むのではなく、踏み込んでいいかどうか配慮している姿から信頼され、本当の友達になっていくことをDタイプは知らなければなりません。

3.何でも好感を持たれる内容で返事をするのは、やさしさや気配りではなく、真実がどこにあるかわからない、節操がないと言われる。

最後に、実際にDタイプで苦労されている方に、たいへん驚かれた点をつけ加えておきます。
Dタイプは、会話で気前よく振る舞います。それがやさしさであり、友情であり、愛だとすら思っています。自分が話すときもそうされたいし、それでいいとすら思っています。
これは「相手の意思や気持ちを尊重する」という程度のもので、相手の言っていることに必ずしも共感していることにはなりません。「そういうことあるよね~。おなか空いた~」といったように、ちがう考えや意見を続けて述べてもいい訳です。しかし、Dタイプは相手の気持ちを尊重し、話を合わせているつもりです。興味がないことはあからさまに話を変えても、否定をしなければ、気持ちを踏みにじらなければ、聞いてあげただけでやさしさであり、友情であり、愛だとすら思っています。
いちいち共感した内容まで覚えていないばかりか、自分が気持ちよく話せれば、相手が本気で聞いていなくてもそれでいいとすら思っています。Dタイプはそれが共感であり、意気投合だと思っています。
Aタイプがいちいち自分の発言を覚えているということに驚いたそうです。人の発言まで覚えていることにも驚き、怖くなって何を発言したらいいかわからなくなったとまで言います。
思考型のDタイプと同じく、感情型のDタイプも、信頼関係を築くという努力をしているつもりで、実はまったくちがう努力をしていたという衝撃を受けるのです。そのために、自分はどう取り組んだらいいか、どんな癖をやめるべきで、ついしてしまうことのどれがいけないのか、一から考え直し、自分を振り返らないといけません。今までのやり方が否定され、頭の中が真っ白になってしまうようです。

以上、今後追加や改良点があるかも知れませんが、コミュニケーションでいつも誤解される方への知恵、技術について書かせていただきました。

 Dタイプには「思考型Dタイプ」と「感情型Dタイプ」がいるということがわかり、「思考型Dタイプ」の記事をそのまま書きかえることによって、この「感情型Dタイプ」の分析を書かせていただきましたが、そのために少々わかりにくくなってしまっているかも知れません。
そもそもDタイプという概念は「白黒ハッキリさせるデジタル脳」という意味合いで、「思考型」は字義言語で意思の疎通ができると誤解し、「感情型」は行動言語で意思の疎通ができると誤解している訳ですが、Aタイプは意思の疎通には限度があると理解しているために「白黒ハッキリさせないアナログ脳」的判断で、空気を読みながら信頼関係の構築を図ります。
Dタイプは「思考型」も「感情型」も信頼関係が0%か100%かしかなく、その極端なデジタル的考え方からトラブルを招きます。アナログ的考え方なら、信頼関係は5%、10%、30%、何かあって20%に下がって、あとで見直されて40%に上がるといった、出来事があるたびに信頼度が上がったり下がったりするなどして、それに合わせた対応が瞬時にできます。これが空気の正体です。
アナログという表現に「古い」というイメージで、Aタイプのほうが下に見られていると誤解している方がいらっしゃいましたが、音源で例えるならCDやiPodなどのデジタル音楽プレイヤーがデジタルなら、アナログはレコード盤ではなく、ライブなどの生演奏を指します。アナログのほうがその場その場で判断する臨場感に溢れた「生きた」処理方法なのです。その意味で「アナログ脳」のほうが「今を生きている」人間的なものといえますでしょうか。スピリチュアル的にいえば「今ここ」であり、私の最近の記事の表現方法で例えると「本当の自分の気持ち」で生きているといえるのです。

ご質問や、改善点などございましたら、お気軽にメッセージやメールでください。

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