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スピリチュアルについて、さまざまな側面があることは、誰もが承知するところであろうと思う。

スピリチュアルとは正確にはスピリチュアリティを意味し、江原啓之氏が日本に定着させた。

この恩恵には大きなものがあり、その最たるものはオカルト色の払拭であろう。

オカルト色の強い霊能力者にだまされて、私のもとへご相談に来る方がいまだにいることから、人生相談と宗教のはざまに巣食っている悪徳霊能者がまだはびこっている悲しい現実はまだ続いているが、証明できないものをただ言われっ放しで、信じるか信じないかしか選択できなかった時代が終わりに近づいているとはいえるだろう。

なぜなら、霊能力者の間で新しい価値観が受け入れられ始めているからだ。

次のステージに進む過渡期なのであろう。

これを例えるなら、アダムスキー型UFOや、美男美女の宇宙人が信じられていた時代は終わり、想像を超えた技術で見え隠れするUFOと、地球人には似ても似つかない姿の宇宙人が定着し始めている今は、宇宙人ネタが新しい時代に入っているといえる。

私自身、宇宙人にさらわれた体験があるが、想像したものとはちがって理解を超えていて、証明しようがなかったことと、神秘体験といえるほど素敵なものでもなかったことは、かなりのショックだった。

現実とはそんなものではないだろうか。

幽霊を見た体験なども、実話であればあるほど、味気ないものが多いと考えられる。

新しい時代の宇宙人ネタにしても、オカルト色のない新しいスピリチュアルにしても、どんどんつまらないものになり、それこそが「少し現実味を帯びている証拠」だと思えてならない。

とはいえ、決定的に残念なことに、究極のものほど、常識人には受け入れられないし、それを語る者は奇人変人の扱いを免れない。

宗教における究極の行者にしても、崇高な哲学を語ろうと、そういう方は大抵、厭世的生活を送っているものである。俗に染まらない。

当たり前といえば当たり前なのだが、常識人に受け入れられないことには変わりがない。

それは、宇宙人ネタにしても、スピリチュアルにしても、究極の本物が現れたところで、どうにもならないことには変わりがないということだ。

私のもとへは、霊能力者もたくさん相談に来る。プロ・アマ問わずである。

プロであるからといって、わかってやっている訳ではないのも、この業界の特色であろう。究極の本物は超越していてかみ合わないので、私は霊能力者に対し、究極の本物をかみ砕いて説明できる身近な存在といえる。これもいわば隙間商売であろうか。スピリチュアル産業の普及によって、明らかな偽物も跋扈し、オカルト時代よりはましとはいえ、本物を探す者はますます迷い道に入りこんでしまうようだ。すでにプロになっていながら、本物を探し続けている者に、私は衝撃を与えるようだ。

究極の本物というものは、ロマンであってはならない。

アダムスキー型UFOに乗っていた金星人に憧れているようでは、趣味ならいいが本物にはたどり着けない。

幽霊には祟りがあるとか、神が怒っているなどといった古い考え方は、オカルト色の強い悪徳霊能者のカモにされてしまう。

運命は定まっているものではないし、自分で変えられるからこそ、自分で定めるものである

「定まっている運命だ」と、そういう運命に自分で変えているだけのことで、定まっているものではない。

あの世には時間がない。

愛が人を救うのではない。救われるとき、愛を感じるだけのことだ。愛そうとする愛は愛ではない。愛してしまうから愛なのだ。愛されたくて愛したり、愛したほうがいいことだと思うのは、愛ではない。愛してしまうのが愛だし、愛に理由なんかない

真実を知ることは残酷なことであるが、避けてとおると嘘の中で生きることになる

今、あなたが体験していることは、あなたがあなたであれるようになるための、さまざまな方法を試すチャンスであり、避けてとおることのない自分になれてこそ、本物の自分である。

泣いたって、腹を立てたって、寂しがったっていい。感じることには善悪はない

それをどうにかしようとしなくていい。そのままでいい。そのまま感じることで、意味をなすものである

あなたが感じていることは、あなただからである。目をそむけてはいけない。受け入れられないことは、受け入れるしかない。受け入れられないと、受け入れるまで目をそむけているだけであり、感じていることを無駄にする。あなたが感じていることに意味がある。答えがあり、鍵がある。自分以外のところに自分を探しに行ってはならない。自分を理解するために、自分以外の人がヒントになる。

そのヒントは、あなたが目をそむけているものを受け入れるための、あなたが感じているものを感じるためのものでしかなく、だからこそヒントなのである。

あなたが変わるかどうかの選択のきっかけにはなっても、あなたを変えられる人はあなた自身以外に存在しない

ヒントを探しなさい。チャレンジしなさい。私は答える、あなた自身の代わりに

あなた自身の「本物」はひとつしかないのだ。ちがう自分になろうとしてはいけないのだ。

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