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別の方からもご質問をいただきました。

以下に内容を転記します。

明けましておめでとうございます。

昨年3月と一昨年10月に鑑定していただきました富山県のAnneです。
その節は大変お世話になりありがとうございました。

1月3日の「運命が変わるとは?」を読ませていただき、自分と同じような親子ではないかと
同感いたしました。
わたしの場合は、まだ、こういうふうに変わった、うまくいったという報告はできないのが現実ですが、
わたし自身は、息子に対して比較的穏やかに接することができており、このままうまくいくことを
期待し願っております。これは山中様のおかげだと感謝しております。

そして、1月6日の「運命が変わるとは?に関する質問をいただきました」を読み、お聞きしたいと
思うことができました。

これは、以前から思っていたことなのですが、人の運命は決まっているものではなく、
いくつか道があって、その人の心の有り様、または学びがあることによって、違う道に進むことが
できるものなのでしょうか。

また、「運命が変わるとは?」の娘さんは、今後お母さんが変わる事によって、幸せになれるのでしょうか。

もう1つ、昨年3月の鑑定で、わたしの守護霊が「あなたがこまごまと心配していることはわたしたちの仕事です」と
言われたのですが、1月6日の記事の最後に「神も、守護霊も、人を救うためにいるのではないのです。」と
あります。少し矛盾しているのではないかと感じました。
お答えいただければ幸いです。

息子は今年25歳になります。最初の鑑定で、仕事が少し安定すると言われた歳です。
山中様によい報告ができる年になったらいいなと思っております。
今年もよろしくお願いします

人の運命は、厳密には一切決まっておりません。

しかし、性格をなかなか変えられないように、すでに持っている観念をもとにして、未来は決まります。

それを人は運命と呼びます。

そのため、運命にはさまざまな形があり、「運命が決まっている」という運命を背負う方もいらっしゃいます。

幼少の頃見た夢のとおりに生きているという方がいるほどです。あとで思い出して何十年も正夢どおりであったことに愕然としたそうです。そんな方でさえも、運命は自分次第ということを受け入れると、夢は当たらなくなります。

とはいえ、性格や観念を変えることは生易しいものではありませんので、ある程度の未来が決まっているのは確かです。結婚した場合の未来、離婚した場合の未来、出産した場合の未来、転職した場合の未来にそれぞれ、その人の運命が決まってしまっている訳です。その未来を私は当てています。

ふたつ目のご質問である、記事で紹介したお母さんのケースですが、これも厳密にはお母さんが変わればよいし、または、娘さんが変わればよいものでもあります。先程書き上げた1月6日付けの記事「お客様のカルマ浄化現象」に詳しく書きました。実は親子で連動するものなのです。だから、お母さんだけが悪い訳じゃないし、娘さんだけが悪い訳でもないのです。お互い様なんですね。

このお母さんと娘さんが今後、最悪の事態になるのではないかとご心配されているのでしたら、ご心配無用です。なぜこのふたりが親子になる運命になったかに意味があるからです。双方、学びがあるから、このお母さんにこの娘さんが生まれてきたのです。もっと最悪の未来が私に見えていれば、そもそもブログ上でご紹介いたしません。

三つ目のご質問である「あなたがこまごまと心配していることはわたしたちの仕事です」の言葉の意味は、私がブログ上で申し上げた「神も、守護霊も、人を救うためにいるのではないのです」という言葉とは矛盾いたしません。

なんて説明したらいいでしょうか……。少し理屈っぽくなってしまいますが、ご勘弁ください。

人間が心配していることは、必ずしも自力で解決できるものではありません。夫婦の問題も、子育てさえも、人間は相手の心を操れないので、相手を思いどおりにすることはできず、自分が伝えたいことを伝えることさえもままならないものです。

そこは心配しても無駄なのです。自力では不可能だからです。そこで、守護霊や神仏の出番となります。人間が心配ではなく、どうしたいのか、どうなりたいのかをしっかりと明確にビジョンをもっていると、守護霊や神仏がそれにそって動いてくれます。動くと言っても人間が苦労しているから、不幸だから、かわいそうだから動くのではないのです。人間が向上しようとするとき、その手伝いをしてくれるのです。

なので、救うのではないということです。応援団なのです。支援団体なのです。その意味で「あなたがこまごまと心配していることはわたしたちの仕事です」の言葉の意味は、「人間が悩むところではない」「心配無用」ということです。

実際にお告げにはこうありましたね。大国主からのお告げで、「各自がどうしたらいいか考えるのが課題であって、相手にどうさせたらいいかが課題ではない」とあったのも同じ意味です。Anneさんが課題に取り組み、自分のなすべきことを考えれば、それにそって守護霊や神仏は動いてくれます。それは救いではないのです。人間が救いを求めていなくとも、守護霊や神仏は動いてくれるのですから。困っているから救ってくれるのではなく、心から取り組んでいるから手伝ってくれるのです。

お分かりいただけましたでしょうか。

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