BLOG

人間には2種類のコミュニケーション方法があります。

どちらが正しいとか、まちがっているとかではありません。

ただ、2種類のコミュニケーション方法があることが知られていないばかりに、周りの人とわかり合えない自分、周りの人にわかってもらえない自分を責め、孤立に苦しみ、いじめに遭い続け、自分自身に価値を見出せないと結論を出して、精神病になったり、精神病にならなくとも自殺に至るケースはとても多いです。

私は人生相談を受ける仕事をしていますので、このことを原因としたご相談はとても多く、多くの事例に触れることができました。

2,000件近くご相談を受けた経験から、ある大きな問題が世の中から見過ごされ、多くの人が苦しんでいることを知りました。

これは重大な問題です。なぜなら、自殺者増加の原因だけでなく、犯罪者増加の原因のひとつでもあるからです。

どうか、知ってください。

問題意識がない方も、このことを知って、身の回りの人や自分のことを振り返ってみてください。

「だから、あの人はあんなひどいことをしたのか」

「だから、あの人はあんなひどいことを言ったのか」

「父親(または母親)は、苦しんでいたからわがままだったのか」

「息子(または娘)は、そんなに悩んでいたのか」

そのすべての原因がわかります。

今からでも遅くはありません。

わかり合うために、私がこれから書くことを覚えてください。

それでは本題に入ります。

人間には2種類のコミュニケーション方法があります。

片方は多数派です。もう片方は少数派です。少数派と言っても、統計では10人にひとりとは言われていますが、気づかれていない、または気づいていない方々も多く、統計よりももっといるだろうと考えられています。

ここでは仮に多数派のほうを「A」タイプ、少数派のほうを「D」タイプといたします。

AとDのちがいが発生する原因は、脳または神経回路によるものです。

少数派であるDは、脳または神経回路に先天性(遺伝性)の特徴があり、独特のコミュニケーション方法をとります。

Aは多数派であるため、Aのコミュニケーション方法によって社会は築き上げられておりますから、少数派Dの人々が何をしたいのか、何を考えているのかがまったく理解できず、その原因をDの人々が「変だから」「頭が悪いから」として、Dの人々を好奇の目で見たり、仲間外れにしたり、いじめが発生したりします。

Dは幼少の頃からずっとその体験を繰り返して育ちます。

コミュニケーション方法がちがうために、大人になっても信頼関係が築けず、誤解が生まれたり、トラブルに発展しやすいのです。
コミュニケーション方法がちがうため、友情の育み方や、愛情表現さえもちがうのです。

よく見受けられますのは、多数派Aが、少数派Dに対し、Aのコミュニケーション方法を社会常識として身につけるよう強要し、いつまでもできないことを非難して、「頭が悪い」とバカにしたり、「反省が足りない」とか、「怠けている」などとして、人格否定にまでいたります。「社会人として通用しない」として罵るほか、「やる気がないなら辞めろ」「あなたを信用できない」「思いやりがない」などと理由をつけて、強く言わなければ改善されないと思いこむのです。
「このくらい言わないとあいつはわからないだろう」と強く言い過ぎ、Dが心に大きなダメージを受けていることに気づきません。
根本的な大きなあやまちとして、「わからないから心が傷つかない」とAはDに対し思ってしまうのです。

多くのすれちがい、勘ちがい、衝突や屈服、破滅を繰り返し、少数派Dは自己嫌悪に陥り、自殺か反社会的行動に走りやすくなります。

なぜ、自殺に至るのか。なぜ、反社会的行動に出るのか。

実は、反省して解決できる問題ではないからです。

脳または神経回路の問題なので、本人にも解決できず、どうすることもできないのです。

いくら強要しても、いくら責め立てても、改善できないのです。

それは、右利きの人に、左手で練習もなくいきなり文章を書かせるようなものです。

音痴の人に歌をうまく歌うように強要したり、方向音痴の人に迷うなと言うようなものであり、想像を絶する訓練が必要なのです。

無理な訓練をすると、無理なものをさせているのですから、ストレス障害に陥るレベルのものです。

それほど深刻なものを、世間の人々は簡単に考えて、少数派Dを苦しめているのです。

そして残念なことに、少数派Dを苦しめている人々の中には、多数派Aだけではなく、AのつもりでいるDも含まれます。

なぜなら、Dのような人は敬遠されるからです。自分はDのような人間ではないと思いこみたいDは多いのです。

人は誰でも自分に似た欠点を持つ人間を攻撃する傾向があります。こういったこともこの問題を悪化させる原因のひとつとなっています。

これから、そのAとは何か、Dとは何かを明かします。

「なあんだ、そんなことか」と絶対に思わないでください。

医学的に証明されている問題であり、絶対に簡単には解決できないものなのです。

多数派Aの方々は、「空気が読める人」と思われています。あなたの周りで、友達が多い人や、人望が厚い人、場を盛り上げられる人がいらっしゃいますよね。そういう方々です。
この方々の特徴は、言葉よりも雰囲気を大切にします。ブラックジョークで自分を悪く言われても冗談として真に受けません。
言葉よりも雰囲気を大切にするため、何を考えているかわからない人に対して警戒します。相手が正しいことを言っているか、まちがったことを言っているかには、気をとられません。雰囲気を悪くしていないか、盛り上がったものを台なしにしていないかが重要視されます。
そこに居合わせている面々で雰囲気をいいものに維持する努力は社会性と言われ、初対面でも、初めての場所でも、この社会性は重宝されます。社会性があると気配りがあると解釈されるため、すぐに信頼され、暮らしや仕事、行事において、受け入れられやすく、愛されやすいです。

少数派Dの方々は、「空気が読めない人」と思われています。笑顔がない訳ではありませんが表情の変化に乏しく、そのため何を考えているかわかりにくい人が多いです。特に大勢の中に入るとうまく自分を表現できません。
言葉の意味のとおりにとる傾向があり、融通が利きません。規則や友達同士のルールに従うと決めると少しでもやぶることができません。規則やルールに反している相手に向かって無神経な発言をしてしまいます。
空気が読めないため、空気を相手の表情から読み取ろうとします。相手が笑顔であれば安心し、険しい顔であれば不安になります。そのため笑顔で近づいてくる悪人にだまされやすいです。
言葉か表情から相手の言いたいことを解釈しようとするため、嫌味がわからなかったり、第三者にわからないように内緒の合図を送られても理解できず混乱しがちです。

ここまで書くと、何となくどういう人たちかわかっていただけると思います。

Dの方々は、Aの方々から見て、足手まといになったり、何かを台なしにしてしまう可能性がある要注意人物なのです。

まるでDには問題ばかりあるように書いてしまいましたが、実はそれはAから見た場合の話です。

Dにも長所があります。Dのような人は科学者や医者、職人、芸術家に多いと思いませんか。

そうです。Dはものごとを突きつめることが得意なのです。

なぜなら、Dは言葉の意味のとおりにとるのが得意なので、理数系の脳と言えるのです。

理屈っぽい人に空気が読めない人が多いですよね。彼らはDなのです。

Aは堅苦しいことが苦手です。雰囲気を尊重するのは、細かいことはうやむやにしてでも気持ちを大切にできるからです。うやむやにするほうが楽だと思っています。その場にいる人が笑顔であればいいという考え方です。

対してDは、言葉の意味をはっきりさせることをよしとするため、善意で思いやりを持って、細かいことに首を突っこんではっきりさせます。そのほうがみんなのためになると信じているからです。はっきりしないまま、誤解が広がるのを嫌い、自分のためだけではなく、みんなのためでもあると信じています。

Aは社会的で、Dは理論的なのです。

Aに長所・短所があるように、Dにも長所・短所があるのです。

それを理解しないと、AはDの無神経さに怒りを覚えたり、嫌がらせをしているようにしか思えません。

DもAの無神経さに怒りを覚えたり、嫌がらせをしているようにしか思えません。

この意味で、Aの方々のコミュニケーション方法は言葉があいまいなまま雰囲気を大切にするアナログな感性であり、Dの方々のコミュニケーション方法は言葉の意味ははっきりとさせ雰囲気よりも確実性を大切にするデジタルな感性なのです。

Aのコミュニケーション方法を強要されたDは、自分がDであることに気づくことで、Aに悪意がないことと、Aのコミュニケーション方法を頭で理解して対処することができます。
すると結果的にはAからの信頼を得て、Dである自分を守ることにつながるのです。

しかし、Aの方々にも理解していただきたいのは、DにはAのようなコミュニケーション方法を身につけることはできません。Aのようには医学的にも絶対に振る舞えないのです。
DがAのコミュニケーション方法を理解して対処するというのは、誤解を避ける努力ができるという意味です。Aと同等のコミュニケーション方法を身に着けさせようとするのは不可能であることを、Aの方々は知らなければなりません。

Aのコミュニケーション方法は、多数派だから社会常識に思われているのであって、コミュニケーション方法としては単なるひとつの方法でしかありません。

Aの方々が論文を書くときや、裁判で争うとき、経理事務などのような「雰囲気では済まされない理論的な作業」は、Dのコミュニケーション方法を使わなければなりません。

そういう意味では、Aのコミュニケーション方法は会話用であり、Dのコミュニケーション方法は文章用であると言えます。

次回、具体的なケースを紹介し、トラブル回避の提案をいたします。

医学的に、心理学的に、この問題を解説したいと思います。

Aが度を超すとどうなるか、Dが度を超すとどうなるかも書いていきます。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly
コメントは利用できません。