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「戦いを手放すということ」は、長らくスピリチュアルの基本として言われてきていますが、果たして正しく理解されているかと考えますと、実際にはそのとおりに実践できている方は少なく、理想として認識されているのが実情ではないでしょうか。

「戦いを手放すということ」は決して理想論ではなく、確かにスピリチュアルとしては基本的概念であり、実行可能な、そして実現可能なものであって、なぜ「戦いを手放すこと」ができないのかを、ここでご説明したいと思います。

AさんとBさんが対立しているとき、AさんはBさんのまちがいを指摘し、BさんはAさんのまちがいを指摘します。

このとき、Aさんにとっても、Bさんにとっても、「自分が相手に指摘していることは大事なこと」だと思いこんでいます。

しかし、根本的な価値観がちがいますと、相手に指摘されたことは素直に従えないことが多いものです。

例えば、A子さんに復縁したい男性C男さんがいたとします。ところがC男さんはA子さんの心を傷つけるようなことを陰でしていたとBさんが知っているとき、Bさんは善意でA子さんに真実を伝えたいと考えるとします。

このとき、C男さんの悪事をA子さんに伝えることは、A子さんの価値観ではいい場合と、悪い場合があり、Bさんの善意は必ずしもA子さんから感謝されるとは限りません。

A子さんにしてみれば「自分で確かめたいことだから、他人に言われたくない」かも知れませんし、「夢中になり過ぎていたから、目を覚ますきっかけになった」と喜ぶかも知れません。

Bさんの善意でA子さんを怒らせてしまったとき、一般的に見受けられる受け答えは、Bさんは取りあえず怒らせてしまったことを謝り、おとなしく引き下がることでしょう。Bさんは内心「あのタイミングではまずかったか」と考え反省するか、善意で言ったことから「A子さんのために言ったのだから、あそこまで怒ることないじゃないか」と憤慨したり、落ちこんだりするかも知れません。人によっては、引き下がらずに怒るかも知れません。

A子さんの怒りや、Bさんの怒り、C男さんの悪意は、それぞれ実は善意であった場合に、相手に悪く言われると気分が悪いものです。

トラブルが大きくなり、友情に亀裂が入るほどになると、誤解された人は弁解したい気持ちをいだき続けることでしょう。

「こんなに誤解されるなら、もっとはっきり言っておけばよかった」などと考えるかも知れません。

「善意で悪く言われる筋合いはない」と、腹立たしく思うかも知れません。

さて、このような微妙なやり取りの中で、「戦いを手放すということ」を実践する場合、一般的にスピリチュアルでは「相手を許しなさい」と言われることが多いと思われます。

でも、このモヤモヤ、やり場のない感情を抑えて「相手を許す」というのは、なかなかできるものではなく、人によっては「相手を許すことができない自分の心の狭さに自己嫌悪になってしまう」という人もいるでしょう。

「A子さんのほうがまちがっている。A子さんのほうが悪い」と思えて、どうしても許せない場合もあるでしょう。

そしてここでお伝えしたいもっとも最悪なパターンが、「相手を許せない心のままでは自分は成長できないから、自分の感情を抑えて、A子さんのことを許そう」として、自分に言い聞かせることです。

これは心理学的に、もっともしてはいけないことと考えられています。

なぜなら、「自分の感情を抑えてしまうこと」がストレスの元凶であり、「成長のために我慢する」といった発想は逆効果だからです。心理学では「我慢して成長することはできない」とし、精神疾患の原因を「本人のこだわりにより抑えられた本人の感情がストレスになる」と教えているのです。

さて、ここで「戦いを手放すということ」が有効になるのです。どういうことかと申しますと、「A子さんの価値観を尊重」し、「Bさんの価値観も尊重」し、「C男さんの都合も尊重」し、その結果生まれる現実をすべて受け入れ、「A子さんの感情もBさんの気配りもC男さんの都合も善悪で判断しない」ということです。

「現実を受け入れられない自分」が問題なのであって、「なぜ現実を受け入れられないのか」を考えることで、自分のストレスとなっている自分のこだわりを発見することができます。

つまり、「トラブルが発生したことに意味があり、なぜ発生したのかを考えるとき、自分のこだわりに気づくためである」ということです。「相手が悪いからトラブルが起きたのではない」ということなのです。

例えば、Bさんの善意でA子さんが怒ったとき、Bさんの善意は「善意」ではなかったということです。Bさんは自分の勝手なこだわりで「善意」だと思いこんでいた訳です。「善意」であると思いこんでいるから、「悪意」であると誤解されるとつらいのです。

A子さんとC男さんがつき合えない現実を受け入れられないA子さんと、現実を受け入れるべきだと考えるBさんの、価値観の食いちがいであって、A子さんもBさんも悪くないし、それぞれが自分のこだわりと向き合うための体験であり、それぞれの問題なのです。

この考え方は、すべての問題に当てはまります。当事者それぞれの問題であって、心底そう考えられるようになったとき、体験して学ぶ必要性がなくなり、トラブルは運命の中から激減します

これが「戦いを手放すということ」の真相です。

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