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 昨日の記事で取り上げた「怒り」について、もうひとつ掘り下げたいことがございました。

 全国でワークショップをおこなっておりますと、リピーターの中には、受講者同士で相性が悪いと見受けられる場面があります。

 相性のあるなしは仕方がないことだと考えますので、ワークでは相性が悪いと見受けられるふたりを極力コンビとして組ませないように配慮いたしますが、その中でもわずかながら、たくさんの人を相手に相性が悪いとして苦情を挙げてくる方がおり、そういった方の共通点として、相性が悪い相手に問題があると断定し、怒りをあらわにする傾向が感じられます。

 その「問題があるとされた相手」は他の方とうまくいっておりますので、客観的に見て明らかに「相性が悪い」として怒っている側に問題があるといわざるを得ない状況であり、そのことを諭すように、苦情を挙げてくる本人に伝えますと、その方は私に対しても怒りを示し、筋をとおせなくなっても、私の問題点を探そうと躍起になります。

 こういった方は、自分がいだいた怒りが、世間に通用するものであるという思いこみから、「問題があるとされた相手」が、世間に受け入れられるはずがないとし、同じように他の方からも苦情がくるはずだと決めてかかります。

 しかし残念ながら、こういった「ひとりが多くの人を悪くいう」事態は、顧客の中でもまれなケースであり、組織や地域、非営利のグループ内においても、極まれな、極めて珍しいものと認識されます。

 その証拠に、多くのクレームをいう人は、いずれ相手にされなくなっているはずです。

 彼らを古くは「クレーマー」、新しくは「モンスター」と呼ばれているのは、広く知られていますね。

 私のところへも、他の業界、他の同業者と変わらず、こういった方がいらっしゃることがあり、ワークを進める過程では、ご本人に気づいてもらうことは避けてとおれませんので、慎重に相手に伝えることになります。なぜなら、お告げをもらうワークにおいて、自分の問題から目を背けたままでは、神仏からのお告げを正しくもらえなくなり、自分の都合のよい内容だけが下りてくる不誠実なものになってしまうからです。

 私の話を聞かずに、私に向かって「私に問題があるなら直し方を教えろ」とクレームをつけても、自己の正当化を続ける限り、私の指摘を理解することはできないでしょう。

 自分の非を認めず自己の正当化を続けながら、指摘された問題を解決するように私に迫ることは大きな矛盾があります。私から何をいっても、必ず何かしらの反論をし、その反論の筋がとおせなくなったとき、理解できないとして感情的になって批判してきます。

 ここまでくると、実は彼らは「真実を受け入れたくない」という本性が出てくるのです。自分の非を認めることができないのです。相手に問題があるということにして、自分を正当化することで、自分を守れると信じ生きてきた人々だからです。

 こういった方々は極まれですが、インナーチャイルドセラピーや、他の心理療法を試みることを必ずお勧めしています。

 もしあなたが、多くの人に、さまざまなクレームをつけている場合、その怒りの原因は自分自身にあることを受け入れなければ、あなたの理解者はひとりずつ離れていきます。

 これは脅しではなく、現実です。心理学においても、スピリチュアルにおいても、自分が変わらなければ、人生は変わらず繰り返され、あなたの「怒り」は絶え間なく生み出されていきます。生み出しているのは自分自身であることは、否定できない現実です。

 もしあなたもそうなら、こみ上げる「怒り」の共通点を探してください。それがあなたが抱える問題の本質です。

 それを受け入れると、自然と「怒り」は消えるでしょう。

 敵は幻であることを学ぶことだけが、「怒り」の苦しみから解放されるのです。

 これが「甘え」の側面としての「怒り」です。

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