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心霊現象について、私はあまり語ってきませんでしたが、霊能力者なら共通する見解になるはずなのに、出まかせな情報だけでなく、でっちあげとしか思えな いあきれたものまで世間で広まっていることについて、私なりに見解を述べたほうがいいだろうと思い、これからは積極的に書いていこうと決意しました。

例を挙げるなら、出まかせ・でっちあげで最たるものは「守護霊はいない」というものです。

なぜ、このようなことがいえるのか、理解に苦しみます。そもそも、「多くの偶然が重なり、ありえない展開で自分の命(または人生)が助かった」という体験 談は珍しいものではなく、むしろ危機的状況では日常的といえるのではないかと思うほどです。危機的状況がなかなかないので、あまり耳にしないというだけの ことで、危機的状況における体験談を集めれば、さまざまな奇跡の話を聞けることでしょう。

それは、「守護霊ではなく、亡くなった先祖霊か、神仏の力ではないか」とお考えの方もいることでしょう。ひとつひとつ考えてみましょう。

もし、「亡くなった先祖霊のおかげじゃないか」と考えた場合、多くの矛盾があります。
日本では、仏教の葬儀で弔うことが多いですが、四十九日だけでなく、三回忌・七回忌のような年忌法要が営まれるように、成仏が難しいと考えられています。 成仏していないと考えるから、追善供養がなされるわけです。成仏していない先祖霊は苦しみ続けていると一般に考えられていると見受けられますので、「亡く なった祖母が助けてくれたんだ」といった話はよく聞きますが、どんなに愛してくれた家族であったとしても、年忌法要を続けながら、亡くなった家族が遺族を 救うことは、大きな矛盾なのです。
これは、世間一般に考えられていることについての矛盾点を指摘させていただきましたが、次に私の体験を基にした見解を述べます。

まず、年忌法要を営むか営まないかに関係なく、成仏する霊は成仏しますし、しようとしない霊も多くいらっしゃいます。どんなに愛してくれた家族であって も、遺族を心配するあまり、遺族のそばを離れられず、昇天しないために成仏しようとしないという例はとても多いです。生前の信仰や知識によって、「まさか 自分が昇天するとは思えない」と考えて、天からのお迎えに気づかない人もいます。その意味では、愛がある人だからといって、必ず成仏するわけではありませ んので、成仏していない霊が奇跡を起こすことはまずありえません。

成仏しない例はさまざまですが、成仏した場合のご加護についても説明させていただきます。
どんなに愛してくれた家族であっても、亡くなって成仏したあとで、神通力を得る人は少ないです。私が交信した霊たちの中では、神通力をもっている霊は見たことがありません。

亡くなる前後に奇跡が起きることはとても多いです。しかし、亡くなった当の本人と交信しても、当の本人は奇跡を起こしたことを自覚していないことが多く、まして亡くなってすぐはまだ成仏しておりませんので、奇跡を起こせるはずもありません。
つまり、亡くなる前後に起きる奇跡は、亡くなった方が起こしているのではなく、別の存在が起こしていると考えられます。従って、これをもって「亡くなった人間が奇跡を起こす」ことの証明にはなりません。

私が交信した成仏している霊たちの要望で多いのは、「遺族にメッセージを伝えてほしい」というものです。そのメッセージの内容は、奇跡が起こせないからこ そ、遺族に気づいてほしいことです。もし奇跡を起こせるなら、私に伝言をお願いしなくても、成仏している霊のほうで勝手に対処できるはずです。それができ ないので、霊媒師の出番があるのです。

成仏している霊たちなりに努力はしているようで、生きている人間に何かを気づかせるとき、うっか りしてしまう行動や、心になぜかひらめいたことが、彼らのメッセージであることが多いです。その意味では、虫の知らせや、形見が突然目に入るなどは、奇跡 といえるほどのものではありませんが、確かに成仏している霊たちの仕業といえるでしょう。
その作用の範囲内で、例えば墜落事故を起こす旅客機の予約をまちがえるとか、些細なことで夫婦げんかをしたら出発が遅れ、自動車の玉突き事故に巻き込まれずに済んだというものはありえるでしょう。

しかし、大事故に遭ったのに九死に一生を得たとか、大怪我になるはずのところ無傷だったというものは、成仏した霊たちの努力ではどうすることもできないレベルのもののようです。

次に、神仏のご加護かどうかについては、おもしろいことに信仰心がない人にも奇跡が起きているという事実がありますので、神社を参拝せず、仏壇を祭らず、宗教心すらないという人でも、実は奇跡が起こりうるというところに、守護霊の存在の可能性を認めることができます。

ここで、注意点をつけ加えるなら、やはり守護霊といえども、奇跡の程度に限界があるように思われます。

守護霊による奇跡といえるものには、願いがかなうときの偶然とは思えない奇跡的な出来事が当てはまるでしょう。成仏した霊たちにはできないが、守護霊にはできる奇跡です。

さすがに、大事故に遭ったのに九死に一生を得たとか、大怪我になるはずのところ無傷だったというものは、守護霊にも起こせず、これは神仏ほどでなければ起こせないでしょう。

宗教にかかわらず、根本的に信仰心がないと神仏のご加護はありえませんが、特定の宗教団体の信者ではなくとも、自分なりにイメージした神の存在を肯定し、 守られていると思えているなら、それは前世から引き継がれた信仰心であり、おもしろいことに前世で信仰した神仏に現世で守られるという場面は多く見かけま す。
このことは、業界では私が初めて発見したことかもしれません。

霊能力者の方なら、私の話に「なるほど! そういうことだったのか」とうなずけるところが多いのではないでしょうか。

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